順調に育ってきた株式も、ときには大きく含み益が減るときが訪れます。いわゆる、暴落です。
積み立てている間なら、慌てる必要はありません。長い目で見れば、時間が解決してくれるからです。ところが、取り崩しの間は事情が違います。毎年、必ず、取り崩すタイミングが訪れる。下がっている年にも、生活費は必要です。

「売らない」を、意志の力ではなく仕組みにする道具
だから暴落は、「来たら考える」ではなく「来るものとして、今から備えておく」。今回は、そのための道具の話です。バケツ配分といいます。
この記事でわかること
- バケツ配分とは。お金を「いつ使うか」で3つに汲み分ける考え方
- バケツ1の中身=「暴落準備金」(取り崩しの2年分・例:144万円)。1つの箱を2室に分け、1年目は現金、2年目は無リスク資産
- 実測:30年に平均10.4回来る「下落の翌年」のうち、7.0回で株を売らずに済む(3.4回は守り切れない)
- 正直な検証。リターンは変わらない。全額株85.6%/バケツあり85.1%。守るのは資産ではなく行動
- 前回の「袋」との違い。袋は「何のため」、バケツは「いつ使う」の仕切り
- 現実解:暴落準備金は毎年の取り崩しや年金の余りから、数年かけて満たしてもよい
数字の前に、ひとつだけ
まず、これまでの回とのつながりです。第2回で、下落の年に売ると単価が安いぶん口数が余計に減る、という痛みをお話ししました。そして前回、お金の袋を3つに分けました。生活防衛資金は、突発の出費のための袋でした。今回つくるのは、それとは別の、相場に備える仕切りです。

第2回=下落時に売ると口数が余計に減る/第6回=袋は突発・予定の出費のための仕切り/今日=相場に備える時間の仕切り
大事なことを先に言っておきます。バケツは、新しく現金を積み増す話ではありません。いまある1,800万円の中に、時間の仕切りを入れるだけです。前回の袋は、同じお金に「何のため」と聞いて仕切りました。今日のバケツは「いつ使う」と聞いて仕切ります。質問が違うだけで、対立はしません。
そしてこの回のいちばん大事な結論を先に書いておきます。この道具は、お金を増やしません。守るのは、暴落のさなかに「怖くなって全部売る」という、人がいちばんやってしまいがちな行動です。
バケツ配分とは
この道具は、お金を「水」にたとえるところから来ています。大きな水がめから直接飲むのではなく、使う時期に合わせて3つのバケツに汲み分けておく、というイメージです。
- バケツ1は手前のバケツ。直近の生活費を入れておく場所
- バケツ2は中間のバケツ。数年先に使うお金の場所
- バケツ3は奥のバケツ。10年より先まで使わないお金の場所で、ここが株式
使うのは、手前のバケツ1から。補充は、利益が出たときに、奥のバケツの利益を刈り取って順に手前へ移します。奥から手前へ、一方通行です。
なぜこれで暴落に強くなるのか。10年待てるお金だけが株式に置かれているからです。値動きの荒い株式は、時間が長いほど下落を回復で吸収できます。遠くのお金ほど値動きに耐えられる。近くのお金ほど固く持つ。原則は、それだけです。
この考え方は、1980年代の米国のFP(ファイナンシャルプランナー)の実務から生まれ、いまの「3つに分ける」形は米国の投資情報会社が広めたものです(出典は記事末尾)。
バケツ1の中身=「暴落準備金」
では、手前のバケツ1にいくら入れておくか。ここが今日の要です。取り崩しの何年分を確保するかは、1年から3年分が目安です。米国の実務では、この範囲でよく語られます。今回は真ん中の2年分とします。

1年目の分は現金、2年目の分は元本の減らない無リスク資産。最初に1回つくり、使ったら回復後に補充
この中身に名前を付けます。「暴落準備金」。正式な用語ではありません。目的がひと目で分かるように付けた呼び名です。暴落準備金はひとつの箱で、中は2室に分かれます。1年目の分は、現金のまま。2年目の分は、元本の減らない無リスク資産に。最初に1回つくり、使ったら、相場の回復後に補充して元に戻します。
金額は、ご自分の取り崩し額で決まります。シリーズの例なら、年72万円×2年で144万円です。なぜ2年分か。下落が2年続いても、株を売らずにしのげる量だからです。
3年連続下落での動きと、毎年の点検日
実際の動きを見てみます。使うのは、2000年からの3年連続下落の型です。1年目−10%、2年目−13%、3年目−23%。

下落1年目のあとは準備金から。2年目のあとも準備金から(ここで144万円が空に)。3年目のあとは株を売るしかない。相場が戻ったら株から補充
下落が始まりました。1年目の下落のあと、翌年の生活費は株を売らず、暴落準備金から出します。2年目の下落のあとも、暴落準備金から。ここで144万円が空になります。3年目の下落のあとは、株を売るしかありません。準備金は万能ではないのです。それでも、もっとも下がった時期の売却を2回ぶん回避できました。相場が戻ったら、株から暴落準備金へ補充して、元の2年分に戻します。
毎年の点検日にやることは、この分岐ひとつです。
- 前の年がプラスなら、いつもどおり、証券口座から売却して生活口座へ。暴落準備金はそのまま
- 前の年がマイナスなら、売却せず、暴落準備金から生活口座へ
- 相場が戻った年に、2年分へ補充する
見るのは、前年の相場だけです。
実測:下落の翌年10.4回のうち、7.0回を守る
では、いつもの1万通りで数えます。比べるのは、全額を株で持つやり方と、暴落準備金を分けるやり方です。実測は簡単のため、バケツ1と3の2段構えで数えました。

全額株なら10.4回すべてで下がった株を売る。準備金があれば7.0回は現金で守れる。守り切れないのは連続下落の3.4回
30年のあいだに、「下落の翌年」は平均10.4回やってきます。全額株なら、その10.4回すべてで下がった株を売ることになります。暴落準備金があれば、平均7回を現金で守れました。守り切れないのは、連続下落のときの平均3.4回です。
正直な検証:リターンは変わらない
ここで、正直な検証です。バケツ配分には、昔から有名な批判があります。「資産全体の中身が同じなら、どこから取り崩しても結果はほとんど変わらない」というものです。

成功確率は全額株85.6%、バケツあり85.1%。30年後の使い残しの中央値は2,491万円と2,273万円
実測でも、そのとおりでした。成功確率は、全額株で85.6%。バケツありで85.1%。ほぼ同じです。現金は増えないぶん、むしろごくわずかに不利でした。つまりバケツは、リターンを生む道具ではありません。

有名な批判のとおり、ほぼ同じ。リターンを生む道具ではない
では、何のための道具か。守っているのは、資産ではなく行動です。

守らないのは資産(リターン)。守るのは行動と、心
暴落のさなかに株を売る、あの身を切る決断を、30年で7回しなくて済む。売らずに済む仕組みがあるから、こわくなって全部売ってしまう、という最悪の行動が遠ざかります。理屈のうえでは同じでも、実行できるかどうかは人間の心が決めます。バケツは、心を安定させる装置として、米国の実務で使われ続けているのです。
袋のお金は、どこから?
準備の手順です。最初に1回、運用資産のうち暴落準備金にあたる金額を売却して、現金と無リスク資産の2室に分けて置きます。シリーズの例なら144万円。使ったら、相場の回復後に補充して元に戻す。この繰り返しです。
とは言っても、と思われた方もいるはずです。前回の袋、生活防衛資金と特別費のお金はどうするのか。

本来(教科書)=リタイア前に先に用意。現実解=毎年の取り崩しや年金の余りから、数年かけて満たしていけばよい
本来の教科書どおりに言えば、袋のお金はリタイアする前に先に用意しておくものです。ですが現実には、そこまで整えてからリタイアする人ばかりではありません。そこで現実解です。袋の中身は、毎年の取り崩しや年金の余りから確保していく。数年かけて満たしていく形でかまいません。順番が教科書と逆でも、たどり着く形が同じなら、それでよいのです。
ひとつだけ、考え方をお伝えします。袋と暴落準備金は、分けて数えておくのがおすすめです。といっても、お金に色はありません。同じ預金口座に置いてあってかまいませんし、いざというときにどちらから出したっていいんです。分けるのは、置き場所ではなく数え方です。紙に「これは袋の分、これは暴落準備金の分」と書いておくだけでいい。混ぜてしまうと、暴落に備えていたはずのお金を、気づかないうちに別のことに使ってしまうからです。そして使ったなら、どちらを減らしたのかが分かるようにしておく。それだけで、この道具は働きます。
ガードレールとバケツ:役割の分担
第4回のガードレールと組み合わせるなら、役割はこうなります。

ガードレール=いくら取り崩すかを決める仕組み/バケツ=どこから取り崩すかを決める仕組み
ガードレールは「いくら取り崩すか」を決める仕組み。バケツは「どこから取り崩すか」を決める仕組み。額と場所、両方が仕組みになっていれば、暴落の年の不安を減らすことができるのです。
今日できること
ご自分の「2年分の暴落準備金」を計算してみてください。年間の取り崩し額×2年。シリーズの例なら、72万円×2で144万円です。

年間の取り崩し額×2年=あなたの「2年分の暴落準備金」。現金と無リスク資産に分けて置いてあるかを確認
その金額が、いま現金と無リスク資産で分けて置いてあるか。確認するだけで、次の暴落への備えがひとつ形になります。
そして、この道具の本当の役割を思い出してください。増やすためではなく、下がった年に「売らずに済む」と自分に言えるようにするためのものです。相場が下がった朝に、口座を開かなくても大丈夫だと思える。その落ち着きは、どう生きたいかを考える余白を、暴落の年にも残してくれます。
この記事の前提
シリーズ共通の前提です。金融資産1,800万円、毎年72万円の取り崩し、期間30年、平均利回り年5%、ばらつき(年率標準偏差)15%。成功確率と回数は1万通りのシミュレーション(第3回以降と同一の乱数列で公平比較)による試算です。実測は簡単のため、バケツ1と3の2段構えで数えています。
「暴落準備金」は正式な用語ではありません。目的がひと目で分かるように付けた呼び名です。144万円は「年72万円×2年」の例示です。この1,800万円は、手法と考え方を一緒に考えるために置いた代表値であり、特定の誰かの家計を想定したものではありません。数字はご自分のものに置き換えてお使いください。
2年目の分を置く先の例として、定期預金や個人向け国債(変動10年)などがあります。どれを選ぶかはご自身の判断で。特定の商品を推奨するものではありません。
自分の数字で試す
シリーズの計算ページの入口はこちらです。→ https://still-building.com/retire/
動画で見る
動画 第7回『下落の年に、売らずに済ませる——バケツ配分という考え方』(12:00)
https://www.youtube.com/watch?v=3x1ES3zB09k
3つのバケツを水が奥から手前へ流れる様子と、毎年の点検日の分岐は、動画のほうが分かりやすいかもしれません。
シリーズ全9回の記事・動画・計算ページの目次はこちら → 「リタイア設計」全9回の目次(動画の再生リストはこちら)
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出典
- 現金準備(cash reserve)の考え方:Harold Evensky(1980〜90年代の米国FP実務)
- いまの「3つに分ける」形を広めた投資情報会社:Morningstar(Christine Benz の3バケツ)
免責
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入や投資判断を勧誘するものではありません。金額はすべて前提にもとづく試算・例示であり、将来の運用成果を保証するものではありません。バケツの構成は一例です。ご自身の状況に応じた判断は、必要に応じて専門家にご相談ください。