急な出費で、その月の家計が崩れたこと、ありませんか。車検。家電の故障。親戚のお祝い。
実は、そのほとんどは急な出費ではありません。来ることが分かっていた出費です。

名前と置き場所を与える回。道具は「特別費の袋」と「生活防衛資金」
今回は、この「ときどき来る大きな出費」に、名前と置き場所を与えます。備える道具は2つ。特別費の袋と、生活防衛資金です。
この記事でわかること
- 出費を3つに分ける。必ず来る/見送れる/突発の3区分
- 備える道具は2つ。特別費の袋(積み立て)と、生活防衛資金
- 特別費を見落とすと、成功確率は85.6%から63%まで落ちる(年24万円の場合)
- 「見送れる袋」に入れて、前年がマイナスの年は見送るルールを足すと73.5%へ回復
- 「生活防衛資金」という言葉は、リタイア後も正しいのか
- 米国の型:シンキングファンド(目的別の積み立て)とエマージェンシーファンド(生活防衛資金)
数字の前に、ひとつだけ
前回、支出には3つの層があるという話をしました。基礎の生活費は、公的年金という収入の床で覆う。今回はその上の2つ、ゆとりの費用と特別な出費の受け持ちを決めます。

基礎の生活費=公的年金で覆う(前回)。今回は「特別な出費」と「ゆとりの費用」
この回は、取り崩しの話から少しだけ離れて、支出の側の話です。取り崩す額をどれだけ精密に決めても、出ていく側がぶれれば計画はぶれます。そして「急な出費で崩れた」という体験の多くは、お金が足りなかったのではなく、来ると分かっていた出費に名前と置き場所がなかっただけです。名前を付けると、不安の正体が「月いくらの固定費」に変わります。

1. 特別費はひとまとめの貯金でよいのか 2. 「生活防衛資金」はリタイア後も正しい言葉か 3. 結局いくら備えればよいのか
特別費の正体:忘れた頃にやって来る、月2万円の固定費
まず、特別費の正体からです。例を挙げます。車検が2年ごとに15万円。家電の買い替えが、ならすと5年で30万円。住まいの修繕が15年で90万円。旅行が2年に1回で10万円。これを全部、月割りにしてみます。

合計すると月およそ2万円。金額はすべて例示です
合計すると、月およそ2万円になりました。つまり特別費とは、忘れた頃にやって来る、月2万円の固定費です。急に見えるのは、月割りにしていないからです。
見込み忘れると、成功確率が静かに落ちる
この月2万円を計画に入れ忘れると、何が起きるか。いつものシミュレーターで数えます。年72万円の取り崩しだけなら、成功確率85.6%。第3回の数字です。ですが現実には、特別費が年24万円出ていくとします。実質の取り崩しは、96万円。
成功確率は、63%まで落ちました。つもりの85%と、現実の63%。特別費の見込み漏れは、計画の成功確率を静かにかさ上げしてしまうのです。
特別費は、3つの袋に分ける
では、どう備えるか。特別費を年間で予算化します。年の初めに、今年来そうな特別費を書き出して、3つに分けるのです。

1 必ず来る出費/2 見送りができる出費/3 突発だが必要な出費
- 必ず来る出費。 車検や、住まいの修繕。これは毎月の積立で備えます
- 見送りができる出費。 旅行や、趣味の費用。これも積み立てますが、苦しい年には見送れます
- 突発だけれど必要な出費。 冠婚葬祭や、医療費。これは時期も額も読めないので、積立ではなく、生活防衛資金の受け持ちにします
じつはこの分け方、米国の家計実務の定番と同じ骨組みです。予定できる出費を目的別に毎月積み立てるやり方は、シンキングファンド(sinking fund)と呼ばれます。予期できない出費に備えるのが、エマージェンシーファンド(emergency fund)。日本語で言う生活防衛資金です。そして、必要か、見送れるか、という線の引き方は、ニーズとウォンツと呼ばれる家計の基本の区別です。

袋1・袋2=シンキングファンド(ニーズ/ウォンツ)、袋3=エマージェンシーファンド。運用方針は「1は減らす、2を増やす」
運用の方針をひとつだけ。1つ目の「必ず来る出費」は、なるべく減らす。2つ目の「見送れる出費」の割合が増えるほど、計画は苦しい年に強くなります。
「見送れる袋」の力:63%から73.5%へ
その「見送れる出費」がどれほど計画を守るか。これも数えました。さきほどの、現実の63%の計画。特別費の年24万円を「見送れる袋」に入れて、前の年の相場がマイナスだったらその年は見送る。このルールを足すだけで、成功確率は73.5%まで戻りました。

つもり85.6% → 現実63.0% → 見送りルールつき73.5%。同じ1万通りの相場で比較
見送りは、30年でおよそ10回。3年に1回、旅行をひとつ我慢する感じです。第2回でお話しした「見送れる費用は先送りする」という原則を、袋の設計で仕組みにしたわけです。
取り崩しの精度は、支出の予算化とセット
ここで、私がとても大切だと思っているポイントをお話しします。このシリーズでは、取り崩しの額を精度高く決める方法を扱ってきました。ですが、いくら取り崩しの精度を上げても、現実の支出が大きくぶれてしまえば、計画どおりにはいきません。

毎月の生活費は「平均」。数年に1回の費用は入っていない
毎月の生活費というのは、平均した額です。何年かに1回だけ来る費用は、そこに入っていません。だから、支出のほうも予算化して、特別費として見込んでおくのです。車検代のように支出がほぼ確定していて見送れないものは、必ず見込む。旅行のように積み立ててきたもので見送りができるものは、状況に合わせて判断してよい。
せっかく精度の高い取り崩し額を決めるのなら、家計の支出もできる限り予算化して備える。支出のブレが想定内になれば、慌てずに対応できるようになります。
「生活防衛資金」の守る相手が、変わる
残るは、3つ目の袋。生活防衛資金です。ここで今日の2つ目の問い。この言葉は、リタイア後も正しいのか。
生活防衛資金は、英語ではエマージェンシーファンド。もともとは、職を失ったり働けなくなったりして収入が途絶えたときに、生活を守るお金です。だから現役世代の目安は、生活費の3か月から6か月分。次の収入までの橋、という発想です。

現役世代=収入の途絶(失業・病気)への橋。リタイア後=突発の必要な出費への即応
ですがリタイア後は、事情が変わります。基礎の生活費は、公的年金という途絶えない収入が覆っている。守るべき穴が、そもそも小さいのです。だからリタイア後の生活防衛資金の役割は、収入の穴埋めではなく、突発の必要な出費への即応に変わります。冠婚葬祭。医療費。住まいの急な故障。

月の生活費×3か月を土台に、事情で上乗せ。持病→医療費を厚めに/住まいが古い→修繕を厚めに
目安は、月の生活費の3か月分を土台に、ご自身の事情で上乗せしてください。持病があるなら医療費を厚めに。住まいが古いなら、修繕を厚めに。名前は生活防衛資金のままでかまいません。ただ、守っている相手が変わったことだけ、覚えておいてください。
なお、暴落のときに株を売らないための現金は、これとはまた別の道具です。それは次回、バケツ配分でお話しします。
今日できること
紙に、3列の表を書いてみてください。出費の名前。来る周期。だいたいの額。そして、それぞれに1・2・3の番号を振ります。必ず来るか。見送れるか。突発か。

例:車検=2年ごと・15万円・1 必ず来る/旅行=2年に1回・10万円・2 見送れる/冠婚葬祭=読めない・3 突発
これだけで、あなたの特別費は、正体不明の不安から「月いくらの固定費」に変わります。
そして、2の袋に何が入るかを眺めてみてください。旅行、趣味、誰かへの贈り物。見送れる出費とは、裏を返せば「余裕のある年には、ためらわずに使ってよい出費」でもあります。袋に分けるのは、我慢の準備ではなく、使うときに迷わないための準備です。
この記事の前提
シリーズ共通の前提です。金融資産1,800万円、毎年72万円の取り崩し、期間30年、平均利回り年5%、ばらつき(年率標準偏差)15%。成功確率は1万通りのシミュレーション(第3回以降と同一の乱数列で公平比較)による試算です。
特別費の「年24万円」は例示であり、実際の金額は人によって大きく異なります。この1,800万円は、手法と考え方を一緒に考えるために置いた代表値であり、特定の誰かの家計を想定したものではありません。数字はご自分のものに置き換えてお使いください。
自分の数字で試す
📊 生活防衛資金と特別費を、自分の数字で組み立てる(計算ページ)
シリーズの計算ページの入口はこちらです。→ https://still-building.com/retire/
動画で見る
動画 第6回『ときどき来る大きな出費に、備える——特別費と生活防衛資金』(8:57)
https://www.youtube.com/watch?v=7k5U6OoKDHo
月割り表が1行ずつ積み上がる様子は、動画のほうが分かりやすいかもしれません。
シリーズ全9回の記事・動画・計算ページの目次はこちら → 「リタイア設計」全9回の目次(動画の再生リストはこちら)
前の記事 → 第5回「目立たないけれど、大きな資産——実は公的年金です」
次の記事 → 第7回「下落の年に、売らずに済ませる——バケツ配分という考え方」
用語について
- シンキングファンド(sinking fund)=予定できる出費のために、目的別に毎月積み立てるやり方
- エマージェンシーファンド(emergency fund)=予期できない出費に備えるお金。日本語の「生活防衛資金」にあたります
- ニーズとウォンツ=「必要か、見送れるか」という家計の基本の区別
免責
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入や投資判断を勧誘するものではありません。金額はすべて前提にもとづく試算・例示であり、将来の運用成果を保証するものではありません。特別費や生活防衛資金の適切な額は、ご家庭の状況により異なります。実際の判断にあたっては、必要に応じて専門家にご相談ください。