取り崩す額は、一度決めたら変えないほうが安全だ。そう思っていませんか。私も、ずっとそう思っていました。
ですが、米国の実務家の考えは逆です。これまでお話ししてきた、毎年決まった額を取り崩すやり方には、じつは誰も守れない前提がひとつ隠れています。30年間、相場がどうなっても、取り崩す額を1円も変えない、という前提です。

暴落の年も、好調の10年も、いつもどおり。そんな人は現実にはいない
今回は、この前提を外します。額を、ルールで少しだけ動かす。ガードレールという道具の話です。
この記事でわかること
- 4%ルールに隠れた「30年間、額を1円も変えない」という前提
- ガードレール=取り崩し率に上下の見張り線(±2割)を引いて、±1割ずつ調整する
- 同じ1,000通りの相場で、固定なら149本尽きるところが、ガードレールではゼロに
- +445万円の種明かし。「死後の使い残し」を「生きているうちに使うお金」へ
- 正直な代償。悪い相場では減額の年があり、どこまで下がるかの分布まで
数字の前に、ひとつだけ
前回、成功確率85%は「15%の確率で、どこかの年に支出の見直しが必要になる」という意味だと書きました。今回は、その見直しをあらかじめルールにしてしまいます。

来るかどうか分からない不安を、最初から引き受けておく
「減額の年がある」と聞くと不安に感じるかもしれません。でも、来るかどうか分からない見直しを不安として抱えたままにするのと、来たらこうすると先に決めておくのとでは、日々の気持ちがまるで違います。ガードレールは、その「先に決めておく」を形にしたものです。前提はいつもの数字です(記事末尾の「この記事の前提」)。今回は取り崩しの額そのものを動かすので、「年72万円」は固定のやり方の代表として使います。
ガードレールとは
ガードレールは、道路の端にある、あの柵のことです。うっかり外へ飛び出しそうになった車を、押し戻してくれる。あれを、お金の取り崩しに付けます。

年に1回、「いまの率」を確認するだけ
やり方は、思ったより単純です。年に1回、確認をひとつだけします。いまの資産に対して、いま取り崩している年額が何%にあたるか。これを「いまの率」と呼びます。
この「いまの率」に、上下の見張り線を引きます。たとえば基準を5%にするなら、2割上の6%と、2割下の4%です。
- 資産が減って、いまの率が上の線(6%)を超えたら、翌年の取り崩しを1割減らす
- 資産が増えて、いまの率が下の線(4%)を割ったら、翌年の取り崩しを1割増やす
- どちらでもなければ、何もしない
ルールは、これだけです。
1本の30年で、動きを見る
ここで、ひとつ大胆なことをします。柵があるなら、思い切って高めから始められるはずです。そこで、前回の階段で「10回中3回尽きる」危険な率だった年90万円、率にして5%から、あえて始めてみます。実際の動きを、1本の未来で見てみます。

上が残高、下がその年の取り崩し額。減額と増額が起きた年に印を付けました
5年目、下落の年です。資産が減って、いまの率が上の見張り線を超えました。翌年の取り崩しは、1割減の81万円になります。相場が戻ってきた13年目、今度は率が下の線を割って、取り崩しは増額です。このように、資産の動きに合わせて額が小さく上下しながら30年を進み、この1本は約2,984万円を残して完走しました。
同じ1,000本を、ガードレール付きで走らせる
1本だけでは、たまたまかもしれません。そこで、前回とまったく同じ1,000本の未来を、今度はガードレール付きで走らせます。

左は固定72万円(前回と同じ)、右はガードレール90万円スタート。オレンジが途中で尽きた線
思い出してください。前回は、この1,000本のうち149本がオレンジに沈みました。今回、沈んだ線はゼロです。同じ相場、同じ1,800万円、しかも取り崩しは90万円スタート。違いは、柵があるかどうかだけです。
もっと厳しく、1万通りまで増やして数えました。

固定72万円は1万通りのうち1,440通りで尽きた(成功確率85.6%)。ガードレール90万円スタートは10通り(99.9%)
固定の72万円は、1万通りのうち1,440通りで尽きました。成功確率85.6%。ガードレールの90万円スタートは、尽きたのがわずか10通り。成功確率99.9%です。
使えたお金は、+445万円
そして、使えたお金の合計です。固定72万円の30年の合計は、中央値で2,160万円。ガードレールは2,605万円。同じ1,800万円から、使えるお金が445万円増えました。
では、この445万円はどこから湧いてきたのでしょうか。種明かしをします。

緑が30年で使えたお金、灰色が30年後の使い残し(どちらも中央値)
固定72万円の未来を、もう一度見てください。30年で使えたのは2,160万円。ところが、30年後に使い残した資産は、中央値で2,491万円。使ったお金より、使わずに残したお金のほうが多いのです。前回お話しした「使わなすぎ」が、ここでも起きています。
ガードレールは、この使い残しの一部を、生きているあいだに使うお金へ移し替えます。

増額(繁栄ルール)と減額(資産保全ルール)。445万円の正体=死後の使い残しを、生きているうちに使うお金へ
移し替えの動きは、2つだけです。良い相場が続いて率が下の線を割ったら、増額。これが30年で平均5回ほど起きて、使い残しを回収します。悪い相場では、減額。こちらは平均6回ほど。取り崩しを減らすことは、下落の年に売る量を減らすことですから、第2回でお話ししたあの原則をルールにしたのと同じです。だから資産が守られて、尽きなくなる。
つまり445万円の正体は、魔法でも、運用の腕でもありません。死後に残るはずだった使い残しを減らして、生きているうちに使うお金に変えた。それが、ガードレールの本当の仕組みです。
正直な代償:減額は、どこまで?
ただし、タダではありません。ここからが、この道具の正直な代償です。

ガードレール90万円スタート・1万通り。30年で「いちばん下がった年」の額を5段に分けた
ガードレールの90万円スタートでは、半分あまりの未来で、30年のどこかの年に取り崩しが72万円を下回ります。いちばん下がった年の額は、半分の未来では65万円まで。運の悪い1割では、28万円まで下がりました。

「破産」を「減額」に置き換える道具。だから成功確率がほぼ100%になる
つまり、ガードレールは魔法ではありません。「破産」を「減額」に置き換える道具です。尽きるという最悪の結末を、悪い年に少し我慢するという別の形に変えている。だから、成功確率がほぼ100%になるのです。
前回の言葉で言い直します。成功確率85%に含まれていた「15%の見直し」を、来るかどうか分からない不安として抱えるのではなく、ルールとして最初から引き受けてしまう。それが、ガードレールの正体です。
ガードレールの出どころ
このやり方は、私の思いつきではありません。2006年に、米国のFP(ファイナンシャルプランナー)のガイトンさんとクリンガーさんが発表した「決定ルール」という研究が原型です。取り崩し率に上下2割の見張り線を置いて、1割ずつ調整する。この記事の数字は、この型をそのまま使っています。

正式には4つのルールで構成される。ここでは中核の見張り線2つ(資産保全ルール・繁栄ルール)を使った
いまでは、米国のFPが顧客の計画で広く使う、標準的な道具のひとつです。米国の大手運用会社も、天井と床を決めて毎年の支出を動かす、同じ発想の方式を勧めています。流儀はいろいろありますが、「固定をやめて、ルールで動かす」という芯は共通です。
減額に耐えられるのは、土台があるから
では、減額の年に生活は大丈夫なのか。ここで効いてくるのが、これまでの回の土台です。

基礎の生活費は公的年金、取り崩しはその上乗せ。凸凹は生活防衛資金で吸収
基礎の生活費を公的年金でまかない、取り崩しはその上乗せの部分とする。この形なら、上乗せが一時的に細っても、生活の土台は壊れません。それから、第2回でお話しした生活防衛資金です。月の生活費の3か月から6か月分を現金で別に持っておく。減額の年の凸凹は、ここでも吸収できます。
ガードレールを張れるのは、この土台があってこそです。順番を、逆にしないでください。
今日できること
紙に、3つの数字を書いてみてください。ご自分の基準の率と、それを1.2倍した上の線、0.8倍した下の線。シリーズの例なら、5%、6%、4%です。

基準の率 / ×1.2=上の見張り線 / ×0.8=下の見張り線
この3つの数字が、あなたのガードレールの設計図になります。
そしてもうひとつ。この道具が増やしてくれるのは「生きているうちに使えるお金」です。増えた分を何に使うか。旅行なのか、家族との時間なのか、誰かへの応援なのか。その答えは数字の中にはありません。ガードレールは、その問いに安心して向き合うための柵です。
この記事の前提
シリーズ共通の前提です。株式インデックスファンドを想定した資産1,800万円、想定利回り年5%、ばらつき(年率標準偏差)15%、期間30年。固定型は年72万円(月6万円)、ガードレールは年90万円スタート(基準率5%、見張り線6%/4%、調整幅±10%)で比較しました。計算はすべて自作のシミュレーション(モンテカルロ法・同一の相場1万通りで両方式を比較)によるものです。
この1,800万円は、手法と考え方を一緒に考えるために置いた代表値であり、特定の誰かの家計を想定したものではありません。ガードレールの数値も一例であり、資産状況により適切な設定は異なります。数字はご自分のものに置き換えてお使いください。
自分の数字で試す
シリーズの計算ページの入口はこちらです。→ https://still-building.com/retire/
動画で見る
動画 第4回『ガードレール——毎年の点検で、使えるお金を増やす』(11:02)
https://www.youtube.com/watch?v=TQLQ1Eq-dAY
見張り線が引かれ、旗が立って額が変わる様子は、動画のほうが分かりやすいかもしれません。
シリーズ全9回の記事・動画・計算ページの目次はこちら → 「リタイア設計」全9回の目次(動画の再生リストはこちら)
前の記事 → 第3回「『成功確率』の正しい読み方——85%は『15%で破産』ではない」
次の記事 → 第5回「目立たないけれど、大きな資産——実は公的年金です」
出典
- Jonathan Guyton & William Klinger "Decision Rules and Maximum Initial Withdrawal Rates" Journal of Financial Planning(2006)。ガードレールの原型の研究(英語) https://www.financialplanningassociation.org/article/journal/MAR06-decision-rules-and-maximum-initial-withdrawal-rates
- Income Lab "Retirement Income Guardrails: Complete Advisor Guide"(米国の実務での位置づけ・英語) https://incomelaboratory.com/retirement-income-guardrails-complete-guide/
- バンガードのダイナミック・スペンディング(「天井と床」方式・英語) https://www.plansponsor.com/vanguard-tests-approach-decumulation-dynamic-spending-rule/
- 「ばらつき 年15%」は、主要な株式インデックスファンド(eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)、eMAXIS Slim 米国株式(S&P500))の実績リスク値(1年・3年・5年、2026年7月末時点、日本経済新聞社の投信データ)の平均約14.5%を参考にしました。ファンド名は数値の出典であり、特定の商品を推奨するものではありません
免責
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入や投資判断を勧誘するものではありません。成功確率や金額は前提にもとづく試算であり、将来の結果を保証するものではありません。ガードレールの数値は一例であり、資産状況により適切な設定は異なります。制度・税制は改正されます。実際の設計にあたっては公的な情報でご確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。