前回、同じ下落でも来る時期によって残る資産がまるで違う、という3人の物語を見ました。でも、ここで困ったことがあります。自分の30年がどの物語になるかは、誰にもわからない、ということです。
予想できない未来を、どう扱うか。今回は、米国の実務家が使っている、その答えの話です。
この記事でわかること
- 「当てる」のをやめて「数える」という発想(モンテカルロ・シミュレーション)
- 成功確率85%は「15%で破産」ではない。正しくは「どこかの年に見直しが必要になる確率」
- 取り崩し率と成功確率は「階段」の関係にある
- 99%は安全の証明ではなく「使わなすぎ」のサイン
- 数字ごとの捉え方の一覧(目安は90%前後)
数字の前に、ひとつだけ
この回に出てくる「成功確率」は、合格発表ではありません。自分の計画がいまどのあたりに立っているかを知り、設定を調整するための道具です。
第1回で書いたとおり、ライフプランは「どう生きていきたいか」を自分に問う作業です。成功確率は、その答えを数字で確かめる方法のひとつであって、数字が生き方を決めるわけではありません。高ければ良い、というものでもないことは、この記事の後半で確かめます。
当てるのをやめて、数える
米国の実務家の発想は、こうです。未来を1回だけ予想して当てにいくのをやめる。かわりに、ありえる未来を何百通りも作って、そのうち何本が最後まで持ったかを数える。

サイコロの次の目は当てられない。でも1000回振れば、出方は正確にわかる
たとえるなら、サイコロです。次にどの目が出るかは、誰にも当てられません。でも、1,000回振れば、それぞれの目がどのくらい出るかは、かなり正確にわかります。当てられないものを、数えられるものに変える。これが発想の転換です。
小さく考えてみます。まず、未来を10通りだけ作って走らせるとします。

横棒=資産が何年持ったか。30年持ったのは9本÷10本=ざっくり9割
30年持った未来が9本なら、ざっくり9割。そんな数え方です。これをうんと増やします。コンピューターなら、1,000通りの30年を一瞬で走らせることができます。
このやり方には名前がついています。モンテカルロ・シミュレーション。ルーレットで有名な、カジノの街の名前から来ています。米国のFP(ファイナンシャルプランナー)が成功確率を計算するときの、標準的な方法です。
1,000通りの未来を走らせる
前提はいつもの数字です。株式インデックスファンドで運用する資産1,800万円、取り崩しは年72万円、想定利回りは年5%、期間は30年。そして今回から前提がひとつ増えます。ばらつき、年15%。利回りは平均5%でも、毎年の値動きは上下にぶれます。そのぶれ幅です(出典は記事末尾の「この記事の前提」に書きました)。
この前提で、1,000本の30年を走らせた結果がこの図です。1本の線が、ひとつの「ありえた30年」です。

白っぽい線は30年持った未来、オレンジの線は途中で資産が尽きた未来。束の下のほうに沈んでいく線が見えます
1,000本のうち、851本が30年持ちました。成功確率、85.1%です。

1,800万円から年72万円の取り崩しは「100回中85回はうまくいく計画」と数えられた
取り崩す「率」を変えると、どうなるか
では、取り崩す率を変えると、この数字はどう動くのか。同じ条件で、率だけを変えて数え直しました。

3%なら96%、4%なら86%、5%なら69%、6%では51%。緑の帯が米国の実務で目安とされる85〜95%
| 取り崩し率 | 年間の額 | 成功確率 |
|---|---|---|
| 3% | 54万円 | 96% |
| 3.5% | 63万円 | 92% |
| 4% | 72万円 | 86% |
| 4.5% | 81万円 | 78% |
| 5% | 90万円 | 69% |
| 6% | 108万円 | 51% |
取り崩し率と成功確率は、きれいな階段の関係です。つまり「いくらまで使っていいか」という第1回からの問いは、「何%の成功確率なら受け入れるか」という問いに置き換えられます。
99%は「使わなすぎ」のサイン
ここで、この回でいちばん大事な話をします。成功確率は高いほど良いのか。99%を目指すべきなのか。米国の実務家の答えは、意外にも「ノー」です。

どんな相場にも耐える計画=大多数の未来では、使えたお金を大量に残して終わる
99%の計画とは、どんな悪い相場が来ても耐えられるほど、取り崩しを小さくした計画です。ということは、普通の相場や良い相場が来た大多数の未来では、使えたはずのお金を大量に使い残して人生が終わる、ということです。だから99%は、安全の証明ではなく「使わなすぎ」のサインと読みます。
成功確率85%の、正しい読み方
もうひとつ、読み方の大事な約束があります。成功確率85%は、「15%の確率で破産する」ではありません。

人は破産まで直進しない。減ってきたら調整する
正しくは、「15%の確率で、どこかの年に、支出の見直しが必要になる」です。現実のリタイア生活では、資産が減ってきたら、人は使い方を調整します。破産まで一直線に進む人は、いません。
もう少し、この15%の中身を見てみます。尽きた149本が、何年目に尽きたのかを数えました。

最初の10年で尽きた未来はゼロ。いちばん早くても11年目。尽きた未来の8割は21年目より後
最初の10年で尽きた未来は、1,000本中ゼロでした。いちばん早い未来でも11年目。そして尽きた未来の8割は、21年目より後でした。
つまり、計画の不調は、ある日突然やってくるのではありません。資産の減り方を見ていれば、何年も前から兆しが見えます。気づいてから、使い方を調整する時間は十分にある。これが、成功確率85%の実際の姿です。
成功確率の捉え方一覧
目安として、数字ごとの捉え方を一覧にしておきます。

成功確率は合否の点数ではなく、設定を調整するための「つまみ」
| 成功確率 | 捉え方 |
|---|---|
| 〜70% | 取り崩しが多すぎるサイン。設定の見直しを検討 |
| 70〜85% | 点検と調整を前提にすれば、成り立つ範囲 |
| 85〜95% | 米国の実務で目安とされるゾーン(90%前後) |
| 95〜99% | かなり控えめ。使い残しが大きくなりやすい |
| 99%〜 | 「使わなすぎ」のサイン。もっと使ってよい |
だから米国の実務では、90%前後を目安に置いて、この数字を合否の点数ではなく、設定を調整するための「つまみ」として使います。
公的な道具との役割分担
ちなみに、日本にも、だれでも気軽に使える公的な道具があります。金融庁が提供しているライフプランシミュレーターです。収入や支出を入れると、将来の家計の推移を表とグラフにしてくれます。安心して使える、良い道具です。表を作るなら、これで十分だと私は思います。

表を作るのは公的な道具。持ちこたえるかを数えるのが今回のやり方
ただ、仕組みに注目してください。利回りを1つ決めて、未来を1本の線で描く。第1回でお見せした、私が作っていた表と同じ作りです。1本の線は、下落の順番を扱えません。だから、成功確率も出せません。
これは、どちらが良い悪いではなく、役割の違いです。表を作るのは公的な道具。今回のやり方は、その表が持ちこたえるかを数えて、計画の精度をもっと上げるための道具です。
今日できること
ご自分の取り崩し率を、ひとつ計算してみてください。1年間に取り崩す額を、資産の額で割るだけです。シリーズの前提なら、72万円÷1,800万円で4%です。

その率が、階段のどこに立っているかを見る
その数字が、さきほどの階段のどのあたりに立っているか。それを知るだけで、自分の計画の現在地が見えてきます。
そして、その現在地を見て「もっと控えめにしなければ」と反射的に思う前に、一度だけ立ち止まってみてください。99%を目指すことは、使えたはずのお金を残して終わることでもあります。何のために取り崩すのか。数字は、その問いに戻るための道具です。
この記事の前提
シリーズ共通の前提です。金融資産1,800万円、毎年72万円(月6万円)の取り崩し、期間30年、想定利回り年5%、ばらつき(年率標準偏差)15%。運用対象は株式のインデックスファンドを想定しています。計算はすべて自作のシミュレーション(モンテカルロ法・1,000〜1万通り)によるものです。
「ばらつき 年15%」は、主要な株式インデックスファンド(eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)、eMAXIS Slim 米国株式(S&P500))の実績リスク値(1年・3年・5年、2026年7月末時点、日本経済新聞社の投信データ)の平均が約14.5%であることを参考に置きました。ファンド名は数値の出典として記載しているものであり、特定の商品を推奨するものではありません。
この1,800万円は、手法と考え方を一緒に考えるために置いた代表値であり、特定の誰かの家計を想定したものではありません。数字はご自分のものに置き換えてお使いください。
自分の数字で試す
シリーズの計算ページの入口はこちらです。→ https://still-building.com/retire/
動画で見る
動画 第3回『「成功確率」の正しい読み方』(9:51)
https://www.youtube.com/watch?v=fGBrOF4zKkY
1,000本の線が束になっていく様子と、尽きた時期の棒が順に立ち上がる様子は、動画のほうが分かりやすいかもしれません。
シリーズ全9回の記事・動画・計算ページの目次はこちら → 「リタイア設計」全9回の目次(動画の再生リストはこちら)
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出典
- Michael Kitces "Renaming The Outcomes Of A Monte Carlo Retirement Projection"(成功確率を「調整の確率」と読み替える考え方・英語) https://www.kitces.com/blog/renaming-the-outcomes-of-a-monte-carlo-retirement-projection/
- 金融庁 ライフプランシミュレーター https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/lifeplan-simulator/
- William P. Bengen "Determining Withdrawal Rates Using Historical Data" Journal of Financial Planning(1994)。いわゆる「4%ルール」の原典
免責
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入や投資判断を勧誘するものではありません。成功確率は前提にもとづく試算であり、将来の結果を保証するものではありません。制度・税制は改正されます。実際の設計にあたっては公的な情報でご確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。