ライフプラン表を、作ったことはありませんか。横に年齢を並べ、縦に収入・支出・貯蓄残高を書いていく、あの表です。いちばん下の行には、95歳までの残高が一本の線で描かれます。
私も作っていました。定年後の取り崩しをどう決めるか考えるうちに、あの一本の線をどこまで頼っていいのか、自分の中で答えが出なくなりました。米国の資料を読んでみると、向こうの実務家はまったく別の道具で設計していました。このシリーズは、そのとき調べたことを、専門用語を日本語に置き換えながら記録したものです。
この記事でわかること
- ライフプラン表が当たらない理由。1通りの未来しか描いていない
- 同じ平均利回りでも、値動きの順番で結果が変わる(2本の線が離れていく)
- 取り崩す人にとって「安値で売った分は二度と戻らない」とはどういうことか
- 米国の実務家は、未来を1,000〜1万通り走らせて「数える」
- 「成功確率」は合否の点数ではなく、設定を調整するためのつまみ
数字の前に、ひとつだけ
このシリーズは数字の話が続きます。その前に、ひとつだけ書いておきます。
ライフプランは、数字だけの計画ではありません。正解を求めるものでもありません。「これからどう生きていきたいか」を自分に問い、少しずつ決めていく作業です。表の残高が最後までプラスになることは、その作業の目的ではなく、確かめ方のひとつにすぎません。
私自身、表を作り直すたびに、数字より先に「何にお金を使いたいのか」「どこまでが自分にとって十分なのか」を考え直すことになりました。数字は、その問いに向き合うための道具です。この記事では数字の面を扱いますが、道具の話をしているのだということは、途中で何度か思い出していただけたらと思います。
あの表は、何を描いているのか
まず、私が作っていた表を確認します。仕組みはとてもシンプルです。

横に年齢、縦に収入・支出・残高。ここまでは家計簿の延長です
最初に、いまの資産額を入れます。次に、これから毎年入ってくる収入を入れます。公的年金がいくら、企業年金がいくら、という具合です。そして、毎年出ていく支出を入れます。生活費が月いくら、それを12倍して、という形です。
問題は、次の一手にあります。資産を運用しているなら、毎年いくら増えるかを決めなければなりません。そこで「想定利回り」という数字を1つ置きます。私は年5%と置きました。

この1つの数字が、表の未来を全部決めます
あとは表計算ソフトが自動で計算してくれます。今年の残高に5%を掛け、収入を足し、支出を引き、翌年の行に書く。これを95歳まで繰り返すと、一本の線が引けます。

なめらかで、きれいで、途中に一切の凸凹がありません
線が最後までプラスならひと安心、途中でゼロを割れば支出を見直す。私もそう読んでいました。
ここで一度立ち止まります。この線は、いったい何を描いているのでしょうか。
「毎年きっかり5%」の世界と、「平均すると5%」の世界
この線が描いているのは、「毎年きっかり5%ずつ増える世界」です。
でも、私たちが実際に生きているのは、「平均すると5%になる世界」のほうです。ある年は20%上がって、次の年は15%下がって、その次は10%上がる。ならしてみたら5%だった、という世界です。

表が描くのは左。私たちが生きているのは右
この2つは、同じことだと思われがちです。私もそう思っていました。ところが、資産を「取り崩している人」にとっては、まったくの別物になります。なぜ別物になるのか。ここがこのシリーズの出発点なので、ゆっくり確かめます。
積み立てる側と、取り崩す側で、話が逆になる
資産を積み立てている時期を考えてみてください。相場が下がった年は、同じ金額でたくさん買えます。安く仕込めるので、むしろありがたい。だから、平均が同じなら、値動きの順番はそれほど問題になりません。若い世代に「長期・分散・積立」が勧められるのは、この性質があるからです。
ところが、取り崩す側に回ると、話が逆になります。

左は積み立てているとき、右は取り崩しているとき
相場が下がった年に生活費を引き出すということは、値下がりしている資産を売るということです。同じ金額を作るのに、より多くの口数を売らなければなりません。
そして、そのとき売ってしまった分は、あとで相場が回復しても、もう戻ってきません。手元にないものは、値上がりしようがないからです。

老後のお金の設計で、いちばん大事な一点です
なめらかな一本の線を描く表は、この現象をまったく表現できません。凸凹のない世界を描いているのだから、当然です。
2本の線が離れていく
言葉だけだと実感しにくいので、実際に計算してみました。
前提は、シリーズ共通の数字です。リタイア時点の資産が1,800万円。ここから毎年72万円、月にすると6万円を取り崩します。公的年金では足りない分を、資産で埋めていく想定です。運用の平均利回りは、どちらのケースも年5%で、完全に同じです。違うのは、値動きの順番だけです。

ケースAは下落が先、ケースBは下落が後。使う数字の集合は同じです
- ケースA:最初の3年に大きな下落が来て、そのあと回復していく。1年目が−20%、2年目が−15%、3年目が−10%。あわせて資産がおよそ4割減る、厳しめの下落です。2000〜2002年に米国株が3年連続で下げたときに近い規模として置きました
- ケースB:最初は順調で、最後の3年に同じ規模の下落が来る。使う利回りの集合はまったく同じで、並べる順番だけを入れ替えています
見ていただきたいのは、この2本の線です。

点線は、かつての表が描いていた「毎年きっかり5%」の一本の線
最初のうちは、そんなに差がありません。ところが、10年、15年と進むにつれて、じわじわと開いていきます。そして20年後、25年後になると、もう別の人生と言っていいほどの差になります。片方はまだ十分な残高があり、もう片方はゼロに近づいています。
数字で並べると、こうなります。
| 経過年 | ケースA(下落が先) | ケースB(下落が後) |
|---|---|---|
| 5年後 | 858万円 | 2,050万円 |
| 10年後 | 766万円 | 2,155万円 |
| 15年後 | 562万円 | 2,890万円 |
| 20年後 | 487万円 | 4,105万円 |
| 25年後 | 244万円 | 5,241万円 |
| 30年後 | 29年目に尽きる | 3,493万円 |
重要なのは、この差がどこで生まれたかです。差がついたのは、後半ではありません。最初の数年です。最初の数年に、値下がりした資産を売って生活費に充ててしまった。それだけが原因で、あとは複利が淡々とその差を広げていっただけです。
リタイア前後の5〜10年は「危険地帯」
だから米国の実務家は、リタイア前後の5年から10年を特別扱いします。呼び方はいろいろありますが、要するに「危険地帯」です。

リタイアの5年前から、リタイア後5〜10年まで
この期間だけは、資産全体が年に何%増えるかよりも、値下がり中の資産を売らずに済むかどうかのほうが、はるかに重要になります。この危険地帯にどう備えるかは、第2回(値動きの順番)と第6回(特別費と生活防衛資金)、第7回(バケツ配分)で扱います。
未来を1通りでなく、1万通り走らせる
ここで、2つのやり方を並べてみます。

かつての私は未来を1通り描き、米国の実務家は1,000〜1万通り走らせる
かつての私の表は、未来を1通り描くものでした。米国の実務家が使うのは、未来を1,000通り、あるいは1万通り走らせる道具です。ランダムな相場の並びを大量に作って、その一つひとつの世界で、資産が寿命まで持つかどうかを数え上げます。
そして結果を、米国の実務家はこう表現します。

「あなたのプランの成功確率は、87%です」(説明のための例示値です)
日本の感覚だと、この数字は少し怖く聞こえます。13%の確率で破綻するのか、と。でも、向こうの実務家はそう受け取りません。合格か不合格かを判定する点数としてではなく、設定を調整するための「つまみ」として使います。たとえば成功確率が99%だったら、それは安全なのではなく、「使わなすぎている」というサインだと考えます。この読み方は、第3回でじっくり扱います。
なぜ米国で、こうした研究が進んだのか
理由は2つあると、私は理解しています。
1つ目は、1990年代から「取り崩し」そのものが学問の研究テーマになったことです。いわゆる「4%ルール」の原典であるBengenの論文(1994年)を出発点に、毎年のように新しい論文とデータが積み上がってきました。
2つ目は、職業の成り立ちです。米国には、設計と分析だけを専門にする実務家が一定数いて、分析の質がそのまま仕事の質になります。だから手法が磨かれ続けてきた、という面があります。
この蓄積は、手法だけを取り出して学ぶことが、私たちにも十分できます。実際、調べてみたら、想像以上に面白い世界でした。
今日できること
もし手元にライフプラン表があるなら、引き出しから出してきて、「想定利回り」と書かれた欄を探してみてください。そこに書かれた1つの数字が、あの表の未来を全部決めています。
その数字を見つけたら、こう考えてみてください。「この数字が、毎年きっちりその通りになる世界って、どんな世界だろう」と。
もうひとつ。表を眺めるついでに、残高の行ではなく、支出の行を見てみてください。そこに並んでいる金額は、「どう生きていきたいか」を数字にしたものです。このシリーズで手法を学ぶのは、その行を安心して書けるようになるためです。数字が先ではなく、生き方が先。そのための道具として、次回から一つずつ確かめていきます。
この記事の前提
シリーズ共通の前提です。金融資産1,800万円、毎年72万円(月6万円)の取り崩し、期間30年、想定利回り年5%、ばらつき(年率標準偏差)15%。運用対象は株式のインデックスファンドを想定しています。成功確率などの数字は、1万通りのシミュレーションによる試算です。
この1,800万円は、手法と考え方を一緒に考えるために置いた代表値であり、特定の誰かの家計を想定したものではありません。数字はご自分のものに置き換えてお使いください。記事中の「成功確率87%」は、説明のための例示値です。
自分の数字で試す
シリーズの計算ページの入口はこちらです。→ https://still-building.com/retire/
動画で見る
動画 第1回『あなたのライフプラン表は、なぜ当たらないのか』(14:43)
https://www.youtube.com/watch?v=U2ezVGcXtPo
図が動くので、2本の線が離れていく様子は動画のほうが分かりやすいかもしれません。
シリーズ全9回の記事・動画・計算ページの目次はこちら → 「リタイア設計」全9回の目次(動画の再生リストはこちら)
次の記事 → 第2回「値動きの『順番』が、あなたの老後を決める——取り崩しの単価と危険地帯」
出典
- William P. Bengen "Determining Withdrawal Rates Using Historical Data" Journal of Financial Planning(1994)。いわゆる「4%ルール」の原典
- Morningstar "The State of Retirement Income" https://www.morningstar.com/retirement/morningstars-retirement-income-research-finding-your-safe-withdrawal-rate
- 金融庁 ライフプランシミュレーター https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/lifeplan-simulator/
免責
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入や投資判断を勧誘するものではありません。金額はすべて前提にもとづく試算・例示であり、将来の運用成果を保証するものではありません。制度・税制は改正されます。実際の設計にあたっては公的な情報でご確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。